深刻化する人手不足解消を見据えた制度【特定技能】ですが、実際はそれ以上の成果を手にしている企業があります。「日本人スタッフは海外人材へ技術を伝えるノウハウが得られますし、外国人スタッフは日本の技術を習得することで世界に広げていける。」と語るのは、秋田県内で高齢者介護施設を運営する[株式会社あきた創生マネジメント]の代表取締役 阿波野聖一 氏。
技能実習生の受け入れ開始から数年を経て、登録支援機関として登録をした経緯、海外人材との向き合い方、高齢者介護事業のこれからについてお話を伺いました。
高齢者介護業界全体を成長させていくために“横の繋がり”を重視。
ーー まずは御社の事業内容について教えてください。
[株式会社あきた創生マネジメント]は秋田県内で高齢者介護事業所を展開しています。我々の事業所があるのは、県北地区に3カ所、秋田市中心部に2カ所ですね。私は20歳の時に介護の現場で従事し始め、それからキャリアアップを重ねて施設長などを任されるようになりました。2011年の震災を機に一念発起して起業し、現在に至ります。
ーー 高齢者介護業界に長く従事する阿波野さんは、今後「介護事業をこうしていきたい」など、展望はありますか?
これまで介護業界は「人材が足りない」「給料が安い」「大変だ」など、ネガティブに語られながらも、携わる人たちが一致団結して変えていくこともなかったんです。
僕は業界を変えていくには、システムを導入したり、海外人材を受け入れたり、新しい風を入れていく必要があると感じています。高齢者介護事業は縮小傾向にあると推測されているのに、固定概念を変えないでいると、自分たちが苦しくなってしまいますよね。どんどんと変わる社会情勢を踏まえて柔軟に良い方向へ進んでいくことが大切だと思います。その対策のひとつとして、“横の繋がり”を重要視しています。
ーー 業界全体を成長させていくためには、会社内やある一部の組織だけで完結するのではなく、“横の繋がり”を活用して全体を活性化させていくことが必要ですよね。そのために行ったことはありますか?
システム導入や海外人材の受け入れについての勉強会は行ってきました。加えて、「地域内の人材の母数を増やすことは難しくても、この地域に残っている人材をもっと活かすためにできること・やるべきこと」「関われる人を増やせるよう、業務を専門性を要するものとそうでないものに分け、細分化して分担していくこと」など、私たちが今まで積み上げてきた経験とノウハウを文書化・可視化して伝えてきたんです。
それらを実行し、続けていけるかどうかはこれからの課題ですが、横のつながりは段々と広がって強化されてきたかなと感じています。また、この活動によって秋田県内だけでなく全国とのパイプを築くきっかけにもなりましたね。
コロナ禍の様々なガイドラインの影響で、従業員を休ませなければならない事態が多々発生しました。どうにも立ち行かないと感じた時、SNSを通じて全国にヘルプを要請してみたんです。全国から24名の方がわざわざ秋田県へ来て手伝ってくれました。日頃の発信や仕事・介護に対する姿勢、会社の思いを伝え続けていくと横の繋がりが根を張ってくれて、緊急時に活きてくるんだなと感動しました。
習得した技術を日本だけでなく海外で活かし、広げていく。
ーー 御社が海外人材を受け入れ始めたことも、業界を変えていくための指針のひとつなのでしょうか。
日本は人口減少が進んでおり、秋田県は高齢化のピークが過ぎたと言われています。高齢者の人数が減っていけば高齢者介護のニーズも自然と減っていきますよね。加えて働き手も減ってきている現状を踏まえると、高齢者介護事業は今のまま長く継続していくことは難しいかなと推測しています。そうなる前に、介護事業の未来のために次のステージを作った方が、今積み上げているものが活かせるのではないでしょうか。
こういった状況の中で「海外から来日して働いてきてくれているメンバーを中心に、日本の介護の現場で習得した知識や経験、ノウハウを海外に広げていけないだろうか」と考えるようになったんです。現在は、今働いてくれている従業員の将来を考えて、習得した経験を活かしてもらえるスキーム作りをしているところです。
スタッフにはただ介護の仕事をしてもらうだけでなく、地域のデータをしっかり見てもらっています。「今から秋田県の高齢者人口が増えるとは考えにくいけれど、それをネガティブに捉えるのではなく、人口が多いところに今の事業で経験・習得したものを持っていければいいよね」という話をよくしますよ。こういった理由もあって、海外とのパイプはより強くしていきたいですね。
ーー 登録支援機関として登録をした理由も、海外とのパイプを強くするためなのでしょうか?
2019年に技能実習で介護が認められてすぐに動き始めたのですが、秋田県の介護の現場で技能実習生の受け入れをしたのは、私たちの事業所が初めてでした。それくらいいち早く制度を活用し始めましたね。受け入れた当初は、人材不足を解消したいという狙いもありました。
技能実習生たちが将来的に特定技能へ切り替えることを望んだ場合、キャリアアップを応援できるよう、登録支援機関として登録したんです。また、登録支援機関として海外からの人材を支援しながら、受け入れる企業に対して弊社のノウハウを伝えていけたらいいなと考えています。
技能実習と特定技能の違いや、支援の仕方、受け入れる心構えや準備、海外人材とのトラブルを未然に防ぐための知識など、今は行政から頼まれるセミナーや勉強会の予定が増えてきています。
ーー 2019年から技能実習生を受け入れ始めたとのことですが、実際に海外人材を受け入れてみていかがでしたか?
「一緒に働くこと」「教えること」「チームを作っていくこと」について、予想していなかった事態も多々ありました。ですが、同時にそれらは「価値につながっている」という手応えもありました。例えば、他で海外人材を受け入れる企業に、我々が得たノウハウや知識を伝えることができますよね。受け入れ開始から数年経った今も、どんどんと新しい経験を蓄積させて知識やノウハウをアップデートしていますよ。
我々は海外人材に技術を伝えるために様々な工夫をしていますが、そのうちのひとつが、仕事を教える時に役立つQ&A作りです。「実際に海外人材から質問されたことに対して、どのように答えたか」。加えて「質問に回答した時、さらにどのような質問をされたか」などをどんどん貯めています。
ーー 海外の方と関わっていくと、日本で生まれ育った人には予想もできない行動や発言に驚かされますよね。いい驚きもあればそうでない時もあると思いますが、海外人材から実際どんな質問をされますか?
例えば、私たちは日常的に「髪を洗う」という言葉を使いますが、これを「頭皮と髪の毛両方を洗う」と捉える人が多いかと思います。けれど人によっては「髪は洗うけど、頭は洗わないのか?」と疑問に思うケースもあるんです。
日本語の曖昧な部分や、仕事上やってしまいがちな曖昧なコミュニケーション・言葉使いを、誰が聞いても理解できるように統一していくことも大切だと気づきました。「だいたい」「しっかり」「ちゃんと」といった言葉ではなく、「8時までに」「この線まで」「これで終わりです」など、数字や目標値を使うことを意識しています。
ーー 日本人同士でも「しっかり」は人によっても程度が違いますよね。生まれ育った環境や文化が違う人間同士だと、誤解も生まれやすくなりそうです。海外人材を受け入れて一緒にチームを作る中で、大変だと感じたことはありますか?
「大変だ」とは思ったことはないです。課題が出てきたら解決していけばいいですし、その過程で得られたノウハウやスキルは次に活かせます。今働いてくれている日本人スタッフは「教えること」を諦めずずっとがんばってくれていて、とても感謝しています。
ただ、「海外人材の定着」に関しては、すぐに解決できる課題ではないですね。首都圏や都市部といった地域、給料面などの条件に対する働き手の要望や、恋人の元へ旅立つといった人生のステイタスの変化もあるので、離職の理由は多岐にわたります。こちらがどうすることもできないことで悩むよりは、私たちでできることを最大限していくまでです。
その他は大きなトラブルもなく順調で、受け入れることでネガティブに感じたことは一度もないです。海外人材とは定期的に面談を行い「将来どうなっていきたいか、どうしたいか」を聞くようにしています。そうするとビジョンも描きやすいですし、働き方も変わっていきますよね。
ーー 将来やりたいことを明確化すると、日々の仕事との向き合い方も変わってきますよね。そういうお話ができると、仕事のモチベーションにもつながりそうです!業務以外で海外人材と会話したり交流する機会などは、よく設けているのでしょうか。
「よそ者が来たからよそよそしくする」なんてことはなく、弊社は誰でも歓迎する雰囲気があるんです。新しく入ってきた人でも、他県からきた人でも、海外からきた人でも。そのメンバー同士で挨拶を欠かさずすることは意識していますね。歓迎会もやりますし、お正月に国に帰れなかった実習生たちを私の家に招いて、私の家族とみんなで食事をしました。
支援に関しては生活に関わる部分、病院やドラッグストアの情報などについて漏れがないように伝えますし、困ったことがあった時に相談できる窓口を一本化して分かりやすくしました。相談は深刻なものはなく「米を運んで欲しい」など些細なことがほとんどです。でも、小さなことを相談できるって信頼されている証なのかなとも思います。ちなみに「日本語が難しい」という相談は来ますね。私たちの地域のお年寄りが話す秋田弁は少しクセがあるので、日本人同士でも難しいだろうなと思います(笑)。でも少しずつ慣れてきてくれています。
あとは地域の皆さんと何かあった時に協力し合えるよう、海外人材の住まいのご近所さんに私から挨拶に行くこともありますね。町内会で海外人材を紹介すると、「若い子がきた」と喜ばれます(笑)。ご近所の方はたくさん作ったおかずを持ってきてくれたり、海外人材がおやつを作ってお隣さんに持っていくなどしていていますよ。「よく分からない人が住んでいる」と思うとお互い不安ですが、交流をしていけば自然と安心感や信頼関係ってできていきますよね。
本当に大切なのは「人材を受け入れた後」。
ーー [Linkus]を知ったきっかけを教えていただけますか?
介護ニュースJointで[Linkus]代表・岡﨑さんの記事を読んだことがきっかけです。記事を読んだ後にすぐにホームページを調べてメールしました(笑)。それくらい岡﨑さんの想いに共感したんです。連絡を取り合うようになってから、ますます岡﨑さんのファンになりました。
特に共感したのは「人手不足だからといって単純に“人手”を入れればいい、というわけじゃない。それでは根本的な問題は解決しない」という考えでした。現状、どの業界にも「ただ人を配置する」という体制のまま動いている組織も少なくないように思いますが、本当に大切なのは「人材を受け入れた後」なんです。
ーー [Linkus]を使い始めたきっかけも教えていただけますか?
[Linkus]を知った頃、特定技能外国人を3名受け入れることが決まっていたので、もっと増える前に導入して操作に慣れておくのがいいなと思ったので導入しました。「システムやクラウドで管理する」と聞くと難しそうなイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、[Linkus]は本当に使いやすいです。難しいことなんてないですし、操作をする人にやさしい設計なのではないでしょうか。書類作りも楽ですよ。万が一分からないことがあっても、電話すればすぐにお答えいただけるのも安心して使える理由のひとつです。
インドネシアに帰国したら、翻訳の仕事をしたい。
日本で働き始めてわずか2ヶ月足らずで日本語をスラスラと話す技能実習生のリアンさん。2022年10月にインドネシアから来日し、[株式会社あきた創生マネジメント]で働き始めました。日中仕事をしながら、帰宅してからは自分でも勉強しているという努力家の彼女にもお話を伺いました。
ーー 実際に日本、そして[株式会社あきた創生マネジメント]で働いてみてどうですか?
ここで働いていてとっても楽しいです。例えば、利用者さんに食事を出す時などに、みなさんひとりひとりとおしゃべりできます。折り紙の折り方を教えてくれたりしますよ。社長も職場の先輩もみんな優しいので働きやすいです。
ーー 働いていて困ったことはありますか?
困ってはいないですが、秋田は寒いです(笑)。私はインドネシア出身なので、東北の寒さにびっくりしました。でも今はもう慣れたので大丈夫です。あと、秋田弁は少し難しいので職場の先輩によく質問します。最近「しゃっこい(=冷たい)」という秋田弁を覚えましたよ。インドネシアには“お辞儀”をする習慣がないですが、日本にきて学びました。とても丁寧な習慣だと思います。
ーー 日本で介護を学んだ後、将来したいことはありますか?
日本語をずっと勉強しているので、インドネシアに帰国したら翻訳者か通訳者になりたいです。翻訳や通訳ができれば、阿波野社長ともずっとお仕事できますね。よろしくお願いします(笑)。
海外人材も、受け入れる側も幸せになるための土台づくり。
ーー 最後に阿波野社長、これから海外人材を受け入れようとしている方、登録支援機関の申請をしようとお考えの方に向けてメッセージをお願いします。
目先のことだけを見たり、人材不足だからと中途半端な知識のまま受け入れるのではなく、やるならとことんやっていただきたいですね。受け入れた後も海外人材をフォローしていけるよう、受け入れ企業も、登録支援機関も体制を整えなければいけません。今いるスタッフも、入ってくれる海外人材も幸せになれるような土台を作っておくべきだと思います。